旅と滞在

男社会の日本

日本は男社会。間違いない。
また,男性が支配的な社会という意味では世界のほとんどの国がまだまだ男社会であるとは云えるのだけれども,日本の男社会はほかの国々の男社会とはどこか異なる,何か分からないけれども日本人特異な違いがあると思えてならない。

とても日本人らしい小澤征爾さんだと思うけど

ほんの数日前,欧米では通用しない引っ込み思案という感じで,これでもかと日本人の国民性を厳しく評している記事をいくつか目にした折,違うと思うけどなぁとぶつぶつと独り言をつぶやきながら頭に急に浮かんだのは虫の知らせか,なぜか小澤征爾さんだった。

Gummibärchen

Gummibärchen !! 
初めて訪れたドイツは1970年代末の西ベルリン。居候宅のドイツ人の友人が叫んだ。彼の数人の友人たちを囲んで,何か日本人のぼくが金を稼げることがないかみんなで考えてくれていたとき,彼が叫んだ言葉だった。

西ベルリンの殺伐としたポツダム広場跡

ティアガーテン地区もクロイツベルク地区も東西ベルリンを分けている壁の中心部に位置するので,近くに住んでいる僕の散歩時の足はなんとなく壁の方に向かってしまう。
いつ行っても歩いている人はあまりいない。

西ベルリンとクロイツベルク地区

友人宅に居候のような感じでしばらくお世話になることになった。
戦争で爆撃を受けながらも頑丈な石造りの骨組みだけは残っていたので,何とか人が住めるような住居になっている,いわゆる古建築アパート≪Altbauwohnung≫だ。

魔物的な女性ファッション

娘がまだ10代のころ,おしゃれな服装に着替えてきたので聞いたことがある。
「どっか行くの?」
「いや,どこにも行かない」
「???」
「むしゃくしゃして気分が悪いから着替えたの」

俺は生まれも育ちもケンタッキー

アリアンス・フランセーズのフランス語の授業で出て来たシャルトルという町。大聖堂が素晴らしいらしいという,それだけの理由で訪れた。

星なしホテル

「星なしホテルなら安いよ」とモダンダンサーの石井さんに聞いたので,星のないホテルの看板を探しながらカルチェラタンの道を歩いた。

Rue Lepic のいつもの朝

市場のざわめきと出店のおばさんたちの呼び声につれられ窓を開ける。ルピック通り沿いにアパートを見つけたのはラッキーだった。

メトロのアベス駅までまっすぐに続く市を2階の窓から臨みながらの朝のコーヒーは格別だ。

坂を上がれば聖なる寺院,下を歩けば連なる赤い灯り

モンマルトルを訪れる人たちは,サクレキュール寺院を正面の丘の上に仰ぎながら狭い坂道と階段を上がった後振り返ってパリの全景を見渡す。

アメリカ入国

共産党員であるかとか,共産党を支持しているかの項目に「イエス」と記さないようにとの注意をまもり,アメリカ行きのビザは問題なく取得できた。

ニューヨークまでわずか3日半,すぐだよ,と云われ

ロサンジェルスを出発。町を離れるとすぐに大自然の中に入って行くような印象だ。グレイハウンドのバス内には裕福そうな人たちは見当たらない。

白人専用トイレと有色人種用トイレ

目的地ではなくても,グレイハウンドバスが停まる町では一定の休憩時間があるのは有り難い。南部で初めて公衆トイレに行ったときは一瞬躊躇した。

いつも西ベルリンに一直線

フォルクスワーゲンの最初の工場が作られたブランシュヴァイクを過ぎると,急に乗客が少なくなった。

Information

Joomla 4 に変わって間もないのに Joomla 5 が出ました。不安ながらも「テストも兼ねて」と思って更新したら,やはり不具合が出ました。

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